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家族5 − 定位家族からの影響 −

誰しも、定位家族(生まれ育った家族)から強い影響を受けながら、大人になります。

その影響が、マイナスのものであって、現在の生活に支障を生じさせるものであれば、「アダルト・チルドレン」ということになるのかなと思います。

私は、生活に支障があるわけではないので、「アダルト・チルドレン」ではないのでしょうが、定位家族からの影響と思われる考え方や性質があります。

ひとつは、「夫婦の愛は永遠である」とは全然思っていないことです。

前述したとおり、両親は、私が物心ついたときから、険悪な関係でした。夫婦が、ずっと愛情を持っていられるというのは、私にとっては、当たり前のことではありません。

たとえ、法律上の婚姻をしても、相手に愛情を持ち続けるという保障にはならないし、他の人が好きになる、ということは当然にあると思っています。

もし、他の人に好意を持つことなく、死ぬまで配偶者だけが大好き、という方がいるとしたら、運と相当な精神的努力の結果かなと思います。

なので、自分の配偶者が、他の人を好きになったり、その人と付き合ったり、ということは、当然ありえることだと思っています。

残念なことではありますが、これは、避けられないことだと思います。

 

一方で、幼い子どもにとっては、両親は永遠に仲良しでいて欲しいものであり、不倫や離婚をしたり、別の人と再婚したり、ということは絶対に避けて欲しいことです。

なので、不倫はとにかく、ばれないようにする。気付かないようにする。これにつきるのではないかと。


私は、夫の携帯を見たりとか、財布を見たり、というような探索行動は取りません。

そんなことをしても、お互い不愉快な思いをしたり、嫌なことに気づいたりするだけなので、何もいいことはない。

夫婦の愛が永遠でないと思っている以上、「私という妻がありながら、浮気するなんてヒドイ!」と叫ぶつもりもないですし。


相手を束縛する気持ちがなく、そういった意味では、冷淡な感じがするかもしれません。こういった、自分の考え方が珍しいのか、珍しくないのか、もよく分かっていません。

配偶者による愛情を保障するのは、戸籍上の婚姻などではなく、人間や女性として自分をみがき続けること、相手に愛情を持って誠実に接すること、家族であっても配慮を忘れないこと。

そういった努力を続けることで、からくも夫婦の関係というのは、維持できるものかなと、思っています。

次に、定位家族の影響と感じているのは、インフォーマルな関係において、心が閉じていて、気が利かない人間である、というコンプレックスが強いことです。

私の家族は、両親が聴覚障害で、唯一の健常者であった自分は言葉が遅く、ぼんやりとした役立たずの子どもでした。

一方で、親戚のいとこ達は、頭がよくて気が利いていて、溌剌としていました。

小学校や中学校のクラスメートも、我が家よりきちんとした、安定した家庭を持ち、明るい毎日を送っているように見えました。

子どもの頃の私は、「自分が気の利かない子どもである」「頭が悪い」「顔も悪い(笑)」ということを自覚しており、そのコンプレックスを心の奥に抱えたまま大人になりました。

大人になる過程で、異性に好意をもたれたり、意外に成績がよかったり、というプラスの要素があっても、コンプレックスが強いので、理由がよく分からず、戸惑うことの方が多かったように思います。

気が利かないことに関する引け目は今も続いており、例えば飲み会の席で「お酒を注ぐ」というような行為が、すごく苦手だったりします。

グラスが少なくなっていることに気付いても、注ぐタイミングがつかめず、遅くなってしまって、自分で注がせることになってしまったり。

そんなことが繰り返され「ああ、やっぱり気が利かない人間だなあ」と自己嫌悪に陥ってしまいます。


そういった自己嫌悪を感じるたび、心の一部が、ひゅーっと、小さい頃の自分に戻るような感覚がします。

仕事においては、自分で言うのもなんですが、結構有能な方で、様々なことをてきぱきと処理できるのですが、インフォーマルの付き合いになると、とたんに萎縮してしまう。インフォーマルな部分に関しては、幼い頃の自分を引きずった何かが、あり続けるのではないかと分析しています。

「心が閉じている」というのも、そう。大学のときに、心を開こうと決心して楽しい日々を過ごしたのですが、その後はまた、心が閉じてしまっていて、家族以外、真に心を通わせている人が、今一人もいません。

自分がつまらない人間であるという思いがあり(実際、雑談が苦手であり)、自分の言葉で人を傷つけることに臆病になっていて、友人を作らずにきました。

相手と、心理的な距離感をどれ位とったらよいのかがつかめず、必要以上に警戒(距離をとりすぎる)傾向があります。

でも、40歳を過ぎ、東北大震災を見、被災地支援という業務にあたり、また、「このままではいけない」「家族以外の人にも、心を開いて、ありのままの自分で接しよう」「自分の思いは、遠慮せずに周りの人に伝えよう」という思いを持ち始めています。

様々な人と関わり、心の交流を持つことは、お互いの人生を豊かにするのではないか、と今頃になって、また感じ始めています。

このようなエッセイを書くことも、その試みのひとつなのかもしれません。

読んでくださっている方は、すごく少ないと思うけれど、日本で1人であっても、この文章を読み、何かを感じてくれるといいな、と思っています(それが、批判や反面教師であったとしても)。

  
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